富立火山と白水の滝 

 富立火山は、島の北東端に位置するもっとも古い火山体の一つです。下の写真に見られるように侵食が進み、火山体内部が海岸線に露出しています。標高536mの頂上は潅木に覆われ、樹木に登って初めてその場所が最高地点であることがわかります。火口状の痕跡は見られませんが、皿状の凹地が見られます。この凹地は檳榔やシダに覆われ、高温多湿で大量のヒルが生息する場所で、もしかしたら白水の滝の水源地にあたるかもしれないと考えるほどの場所です。
  七島問答に、『恐らく火山休滅の日には五峯(御岳、脇山、根山、南岳、三の山)は全部登ることができるだろうが、ただ富田峯の険恐らく登ることができない』との記述があります。海上からはそのくらい険しく見えたのでしょう(1969年8月に立正大探検部が初登頂に成功しました)。上部から少し下ったところに、年中枯れることがない白水の滝の源泉があると考えられていました(1970年8月に立正大学探検部が滝の源泉の一つに到達しましたが、全体像までは突き止められませんでした)。白水の滝は冒頭紹介しましたように、日本で2番目の落差を持つ滝です。


      


       富立岳頂上から見た作地カルデラ(1969年8月、立正大学探検部提供)                    富立岳山頂(中央部) 国土地理院空中写真(1979年撮影)より

     


 諏訪之瀬島火山地質図(嶋野ほか、2013)によると、「富立岳火山は島の北端部を占める。富立岳火山の基部には、マグマ水蒸気噴火の噴出物と考えられる、急冷縁を持つカリフラワー状火山弾などを含む堆積物が分布している。これらを本地質図では水冷火砕岩とした。これより上位の富立岳火山は、主に陸上噴火による火砕物と溶岩からなる小型の成層火山体である。富立岳山頂部を中心として放射状に分布する岩脈群が発達する。富立岳火山の中部を構成する溶岩から65±15 kaのK-Ar年代が得られている(松本ほか、2006)。富立岳火山は諏訪之瀬島の中で最も侵食が進んだ火山体で
あることから、最も古い火山体と考えられる」としています。

     火山地形分類データ「諏訪之瀬島」より            富立火山の断面図(嶋野・下司・小林(2013):諏訪之瀬島火山地質図、地質調査総合センターより)

    

1 七島問答(白野夏雲)
 『富田岬は海面から直立していて北岬となっている。その岸壁は勇壮で、赫色をむきだしにしている。岩石の間に小さな樹の自生しているのを見る。その景観又一しおのものがある。その頂上から爆が落ちていて、一種の風趣をそえている。残念な事は少し水が少ないことである。ここの岬を迂回しなければ東部には出られないのである。』
*これが、白水の滝の日本で最初の記述です(白水という名称は使用していません)。下図にあるように、海岸線に滝ノ下という名称のほかに布瀑という文字が記されており、滝の位置が分かります。 翌年、島を調査した赤堀らの島嶼見聞録には記述そのものがありません。

2 拾島状況録(笹森儀助)
 『この島の地名を列記してみると、元浦、温泉浜、川原、大船浜、赤崩、水川、西崎、円浜、折倉、先脇、山下(小浜橋の尻角、岩屋、大岩屋、落水根、山崎などの小さな名称もある)、富田崎、白水の滝、作地浜、荒崎(作地の山鼻ともいう)、切石、瀬見崎、宮崎、七つ穴、長崎、弊崎などである。(略)富田峰にも二すじの流れがあり、一つは二間(3.6m)ばかりの高さから海に落ち、一つは頂上から流れ出て、七段の滝となって海に落下している。その高さは八十間(144m)ほどで、なかなか壮観である。この流れは水量が最も豊富で、水質もいい。』
* 白水の滝という名称が紹介された最初の記述です。しかも、7段の滝という記述や実際に飲んだ感想まで記されています。海上からは、7段くらいしか見ることができません(実際には13段ほどあります)。
  
3 2022年12月17日付の南日本新聞に以下の記事が掲載されました。
 『調査は長年、諏訪之瀬島の火山噴火を独自に研究する青木章さん(73)=島根県出雲市=や大学生、島民の6人が実施。7月、滝に沿って探索し、水源と思われる場所を3カ所見つけた。そこからドローンを飛ばして上空写真を撮影。国土交通省大隈国道事務所が、写真と数値標高データと照らし合わせて3カ所の標高を確認した。その結果、最も高い水源が283mの地点にあることが判明。青木さんは「これだけ落差がある滝はめったにないのではないか。まだ、全てが分かったわけではないので調査は続けたい」と話している。村は来年1月、村文化財指定に向けた保護審議会を開く。その後、県文化財指定を目指す。村営船での滝の紹介や写真家、ロッククライマーの誘致など、観光資源としての活用も検討する。』


4 ROCK&SNOW97号(2022年9月号 山と渓谷社)に、上記の記事にある滝を発見した時のメンバーの記録が報告されました。
 『7月21日 翌朝、F6とF7はまとめて左側を登るべく、酒井リードでゴルジュの左側壁のヤブ壁を直上した。次に赤堀が露岩の岩稜をテンポよくロープを延ばし、続いてけんじりが岩稜の途切れたところからF7の落ち口をめざして右へトラバースし、ヤブのトンネルになったヤギの踏み跡をハイハイでくぐり抜けると、ぴったりF7の落ち口に飛び出た。絶壁のちょっとした棚やヤブにもヤギの踏み跡があり、ヤギの開拓精神に感心せざるを得ない。間髪入れずF8(40m)があり、左壁を赤堀がリード。真っすぐ最短ルートでF8の落ち口に躍り出た。F8上流の、左側壁の谷でもなんでもない平面の岸壁の途中から水が湧き出て、そのまま左側壁に滝(F9、60m?)を懸けている(水源その1)。水源にはF9(10m)、F10(10m)、F11(5m)の3連爆があり、いずれも空身で登って荷上げした。このあたりからは、海からも見えない完全に未知の領域だ。
 両サイドが壁となって狭まり、ゴルジュの入り口にはF12(15m)の直瀑が懸かっている。これは登れない。右から大きく巻かんと酒井、けんじり、赤堀の順にロープを延ばし、20mほど懸垂下降してゴルジュの底に降り立った。ゴルジュの左側壁のまたしても、谷でもなんでもない岸壁から水が湧き出し、2段の滝(F13、20m?)をかけている(水源その2)。ゴルジュを奥に進むほど両岸壁がそそり立ち、水の浸食で左に大きくえぐれた左岸壁がゴルジュに覆いかぶさって空が狭く、昼間でも薄暗い。どん詰まりは奥壁になっていて、真ん中にチョックした大岩の下からコンコンと水が湧き出している(水源その3)。 これが最上流の水爆で、それ以上に流水はない。つまりこの湧水が白水の滝の落ち口だ。GPSの標高はなんと320mだった。白水の滝の落差320mは、九州一と報道されたフーチブルの滝181mを大きく上回り、日本一の大滝である称名滝350mにも肉薄する落差である。』
*これは小阪健一郎・酒井英人・赤堀拓弥氏ら3名の登攀記録です。文中のF8などの表記は落下地点から数えての滝の順番を示しています.

           白水の滝全景                 白水の滝(12段の位置をFで表示)小阪健一郎氏による

         


5 青木章氏による水質調査
 調査方法 滝の落下地点で水を採取し、鹿児島の分析機関(東洋環境分析センター)で水質の分析を依頼して、下記の結果を得ました。
  ・採取日 2022年7月25日
  ・知覚的試験 無色透明、無味、無臭 
  ・主な成分分析

 分析項目 分析結果  分析方法 
 pH値       7.23  鉱石分析法
 密度       0.9994 g/cm3   鉱石分析法
 蒸発残留物       0.252 g/L  鉱石分析法
 電気伝導度       0.0349 S/m  鉱石分析法
 ナトリウムイオン       30.0 mg/L  鉱石分析法
 カルシウムイオン       18.1 mg/L  鉱石分析法
 鉄(II)イオン       0.1 mg/L未満  鉱石分析法
 フッ化物イオン       0.4 mg/L  鉱石分析法
 塩化物イオン       55.4 mg/L  鉱石分析法
 硫酸イオン       49.8 mg/L        鉱石分析法
 炭化水素イオン       15.5 mg/L  鉱石分析法
 メタけい酸       62.8 mg/L  鉱石分析法
 メタほう酸       0.2 mg/L  鉱石分析法
 遊離二酸化炭素       1.9 mg/L  鉱石分析法
     

所見
 本検水は、温泉法第2条別表に規定するメタけい酸により鉱泉に該当する。また、源泉温度が、25℃以上であれば単純鉱泉と推定される。ただし、温泉法にいう「温泉」は、地中から湧出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く。)であることに注意が必要である。 

  
 *水質の結果は、ほぼ温泉と同じ成分であることがわかりました。所見にあるメタけい酸は、保湿効果が高く美肌効果があると言われ、化粧水や入浴剤などに使われています。 滝というのは、通常、山頂に降った降雨が地中に染み込み山腹から湧出するものです(湧水型)が、その成分が温泉水に近いというのはなぜかという疑問が出てきました。古い火山ではありますが富立火山の影響を受けているのではないかといった疑問が生じたわけですが、上図(富立岳火山の断面図)から想像するに地下深くにマグマ溜まりがあってその影響を受けているのかもしれません。
 **青木章氏は長年にわたり諏訪之瀬島の調査を行い、そこでの知見の一部が『火山は生きている(1978)あかね書房』という児童向けの書籍(科学アルバム)として出版され好評を得ております。

   

6 白水の滝、十島村指定文化財に指定

 広報としま9(2024年9月)によると、2024年7月10日付けで村の指定文化財(名勝)として白水の滝が登録されました。

     
                                                                                                                               

  

  写真で見る富立火山

1 富立火山(脇山から見た山体) 2 海上から見た富立火山 3 富立より望む作地カルデラ
4 富立火山南東部 5 富立火山南東部(左 白水の滝) 6 富立火山最北端